※改訂版をアップしました。2019/05/10
令和元年度(2019)ver.
6年「天皇中心の国づくり」単元計画2019
~聖徳太子が目指した国造りとは!?~
指導案(指導案・単元計画・ワークシート・資料)2019
http://shakainomado.blog.jp/archives/29159492.html
1.聖徳太子の写真を見せる

・知っていることを話し合う + 補足
・家系図で推古天皇との関係を確認
(特に太子は蘇我氏だということをおさえる)
※3時間目のための布石
・聖徳太子の地位(摂政)を確認する
<天皇でもない聖徳太子がなぜ17条の憲法や冠位十二階を作ったのかな?>
仮説
・天皇の命令で作ったのではないかな
・聖徳太子が天皇よりも優れていたのではないかな
・天皇を助けるために聖徳太子が立ち上がったのではないかな
検証
→豪族を支配するのに苦心していた状況で、天皇を助ける身分であった摂政である聖徳太子が立ち上がった。
→理想の国を作るために聖徳太子が作った
2.<聖徳太子の理想としている国作りとはどんな国作りなのだろうか?>
資料をもとに考える
・予想
平等な世の中にするためではないかな
仏教を広めたかったのではないかな
天皇中心の国作りをしたかったのではないかな
●この中でも一番大事にしていたのはどれだと思う?
→天皇中心の国作りを進めてきた
以下は時間があれば
●どうして天皇中心の国作りをしようと考えたのか
→豪族が互いに争っていた時代、天皇も豪族たちを従えるのに苦心していた
3.小野妹子の写真を見せる
・知っていることを出させる
・遣隋使であり、聖徳太子によって派遣された中国への留学生だということを伝える
<どうして聖徳太子は遣隋使を派遣したのかな?>
・予想
・検証
・新しい国づくりのため
・仏教を取り入れるため
・進んだ制度や文化を取り入れるため
・学問を取り入れるため
●なぜこんな失礼だと思われる手紙をわざわざ出したのだろう?
→世界でも大きな力をもった中国と対等な関係を結ぶことも目的としていた
※実際、隋からも日本へ使者が派遣された
●この後、聖徳太子は死にます。その後、太子が目指していた”天皇中心の国”は実現されたと思いますか?→予想させる
↓
この課題を解決するために、これから勉強していこう!(単元を通した課題)
4.中大兄皇子と中臣鎌足は蘇我氏をほろぼす事件があったという事実を伝える
■資料(大化の改新)を提示
<何のために2人は蘇我氏をほろぼしたのかな?>
・予想
・検証
→天皇をしのぐ勢力をもった蘇我氏を倒すことで、天皇中心の国作りをしようと考えたため → この事件を「大化の改新」ということをおさえる
つまり、この2人は聖徳太子と同じ意思をもった人たちだ!
5.<大化の改新で世の中はどのように変わったのかな?>
・調べる
・都から全国に支配を広げていく仕組みが整備された
・年号を定められた
・豪族が支配していた土地や人々は国のものになった
・有力な豪族は貴族として政治に参加するようになった
・本格的な都ができた
・律令ができた
・租・調・庸といった税制が完備
・都や九州を守る兵士の役を務めなければならなくなった
・都には各地から多くの産物が運ばれる
●果たして、国民にとって住みよい国になったのかな?(予想させる)
・都に住む貴族目線と地方に住む庶民目線とに分類整理しながら板書
→ 実際、この時代の人はどう感じていたのかを次から勉強していこう
6.<人々の暮らしはどのような暮らしだったのかな?>
■木簡を紹介して、そこからわかることをピックアップ
■当時の食事の写真や貧窮問答歌を紹介して、都(貴族)と地方(庶民)の生活のちがいがわかる。
■その上、都では伝染病、地方ではききんや貴族の争いが起こるなど、世の中が乱れていた。
・この時代の暮らしについて、どう考えますか?(振り返り的な要素)
↓
・みんなが当時の天皇なら、国民の不満をどのように鎮める?(次時へのつなぎ)
7.<聖武天皇はどのように世の中の反乱を鎮めようとしたのかな?>
・予想
・検証
・仏教の力を借りて鎮めようとした
・鑑真を唐から招こうとした。
・中国の文化や制度を取り入れて国内を統制しようとした
・遣唐使(唐への留学生)
8.日本から唐に使者を送っていたという事実を確認する。
どれだけ危険なことだったのかということを伝えるために、鑑真の写真を見せ、何度も日本に渡航しようとして、失敗を重ねた結果、目が見えなくなった。それでも日本に来た。鑑真が来たかったわけではなく、日本が鑑真に来てほしくて、その理由は日本が鑑真を呼んだからということを紹介する。
↓
<どうしてそこまでして遣唐使を派遣したり、鑑真を日本に招待したりしたのかな?>
仏教を広め、外国の文化を取り入れるためだったということを理解させる。
・正倉院―宝物
・薬草の知識が広がった
→ 中国風の文化がさかんになった
※改訂版をアップしました。2019/05/10
令和元年度(2019)ver.
6年「天皇中心の国づくり」単元計画2019
~聖徳太子が目指した国造りとは!?~
指導案(指導案・単元計画・ワークシート・資料)2019
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