1.

 [震災直後と3ヶ月後2]を提示&配布

 震災直後と3ヶ月後2

 ・2枚の写真からどんなことがわかることや疑問に思うことは?

  (5分じっくり見させて、考えさせる)

   上はたくさんものが散乱している。

   何があったんだろう?

   下はしっかり整備されているな。

   右側の建物や奥の建物が同じだから、同じ場所じゃないかな

 

 ・これは同じ場所で撮られた写真だと言うことを確認する。

 

 ・上の写真は震災直後(20113月)ということを紹介。

下の写真はいつ撮られた写真だと思う?

   下は20116

     早い!!!

 

 <どうしてこれだけ早く復興することができたのかな?>

 

 予想(これからの学習の見通しを持てるようにする)

 交流(「(人の)努力」と「(政治的な)工夫」に分けて板書)

  努力(国、県、ボランティアに更に分類整理)

  たくさんの人が協力したんじゃないかな?

   地元の人が一生懸命努力したんじゃないかな?

   たくさんの人がボランティアをしたということを知っているよ。

   政府が一生懸命仕事したのではないかな。

   岩手や宮城など、被災した県ががんばったんじゃないかな。

  工夫

  前もって準備していたんじゃないかな

 

≪早く復興できた裏側には、どんな努力工夫があったのかな?≫


2.

 ・[震災直後の新聞記事]を提示
震災直後の新聞記事

   「死者・不明1万6000人」 「宮城など8県 避難38万人」 を確認

 ●震災直後はどんな対応をする必要があったのだろう?

   人命面(救助)                                 生活面(支援物資・インフラ)

 

 ・誰がどんなことをしたのかを教師側でササッと紹介(10万人達成の日付の部分は伏せておく)

   人命面                                          生活面

    

     自衛隊の派遣要請                         必要な物資の準備

 

    

     自衛隊を派遣                                必要な物資や機材の準備

     他国への救助要請

     3/12の夜までに緊急消防援助隊派遣

      ↑震災発生後の次の日!!

     ___には10万人規模


 

 地震が発生したのは3月上旬。10万人達成したのはいつ頃だと思う?

(※金沢駐屯地の自衛隊員は全員で約1200人)

3月18日。震災から1週間

 

 <どうしてこれだけ迅速な対応ができたの?>

・予想

  前もって準備していたんじゃないかな

  避難訓練みたいに、何回も練習を繰り返していたんじゃないかな

  直通電話みたいなものがあるんじゃないかな

 

・検証(教科書からそのわけを探そう!)

   大震災発生前からこういうときに対応するための体制ができていた。

   もとから災害救助法があった。

 

 ・まとめ

迅速な対応ができるように、前もって準備していたり、法律の整備をしていたりという工夫があったんだな。

 

 ・次の時間からは努力を調べていこう!




3.

 ・今日扱うのは「国」。

<国は復興に向けてどんな取り組みを行っていたのだろう?>

(知識を入れる時間なので、調べ学習中心になります)

 ・[大震災後の政府の動き]から考える(分からない言葉については辞書などで調べさせる)大震災後の政府の動き

(大きく分けて3つということを予め伝えておいてもいいかもしれません)

   必要な組織が作られた

    (緊急災害対策本部、復興庁)

   必要な法律が作られた

    (東日本大震災復興基本法、復興財源確保法、被災者軽減税制関連法、復興庁設置法)

   必要なお金が準備された

    (第1~3次補正予算、復興資金)

 

   つまり、国は復興のために、「組織づくり」「法律づくり」「お金づくり」をしたんだな。

 

 ・復興資金は5年で25兆円、

 ●これだけのお金は何に使われているのだろう?(教科書から調べる)

   ・仮設住宅の設置

   ・ライフラインの復旧

   ・がれき撤去

   ・農林水産業の支援   など

 

 

4.

 ・補正予算で25兆円、義援金が8000億円あった。そのお金は被災地に送られた。

<宮城県や気仙沼市は特にどんなことに力を入れたのかな?>

 ・予想させる(インフラ・産業・支援物資に分けて板書)

   インフラ

    道路・橋・仮設住宅・ライフラインなど

   農林水産業がこの地域の売りだったから、水産業に力を入れたんじゃないかな

 ・検証する

   そうだった。

   「海とともに生きる」を合言葉に復興を決意したから

   そして、実際にたったの3か月でかつおの水揚げが再開されて、日本一に!

 

 ・復興したと言って良いのだろうか?

産業で日本一になったので、復興したと言っていいのではないかな。

 

 ●どうして気仙沼市はこれだけ早く復興できたのだろう?

   ・市役所が震災復興市民委員会を設置して、気仙沼市震災復興計画を作ったから

   ・義援金が7憶もあるから、日本全国の人の気持ちがあったから

   ・ボランティアが5万人もいる!

   ・被災地に住む人以外にも、たくさんの人々が協力したんだな

 

 

5.

[気仙沼市の人口推移グラフ]を提示

<日本一になったのに、気仙沼市の人口が減り続けているのはなぜ?>

 ・予想

   また災害が起こるのが怖い

   生活環境がまだ整っていない(仕事とかがれきとか)

 ・検証

   放射線の危険性

   実際、お金が必要だから仕事のある県外に出て行ってしまう

   つまり、まだまだ生活するには不便な面がたくさん残っている(残された課題)

 

 ・それでも、そこに住んでいる人が居る。その人たちのために、だれがどんなことをしているのかな?

   ボランティア → 環境整備(ちょっとでも良い環境を)

   アーティスト、スポーツ選手 → チャリティマッチ、チャリティコンサート→義援金

   海外の人々

   20以上の国から救助隊

     行方不明者の捜索、医療活動、がれき撤去

   120以上の国などから

     支援物資や寄付金

   日本各地から

     ボランティア、支援物資

ボランティア
海外からの支援