私が以前投稿した記事に対して、コメントを頂いて、
私も私自身の実践について再考する機会がありました。

なので、私なりの見解を紹介したいと思います。


まず、どの記事に頂いたのかと言うと、この記事です。



私が頂いたコメントは

2019年12月21日

私とは価値観が違いますね。
私は、このような「間違いだけを指摘する」ことは、したくありません。出来たことを認めてあげる「マル」を大切にしたいです。

多少の時間の差。与える印象は大きい。
時短だけが大切ではないと思いますが。
この記事を読んだ皆さん、どうお考えでしょうか?







私とこの方は、価値観が違うのではなく、方法論が違うんだと思います。

 

というのも、

私もこの方のおっしゃる通り「できたことを認めてあげること」は大切だと思うからです。

 


実際、私は授業中など、普段の学級経営ではかなり褒めを重視しています。

それは、私が今年の2月14日に書いたこの記事からもそれは分かっていただけるかと思います。


 




 

でも、テストにおいては「褒め」を積極的にしない(満点を取った場合のみ褒める)のは、
以下の理由からです。

 

テストに丸を付けて褒めてあげられる視点としては、

「勉強を頑張っていること」だと思います。

でも、それはテストの〇でしか褒めてあげることができないのでしょうか。

普段の授業中や普段の何気ない会話の中で十分その子に伝えてあげることはできるのではないでしょうか。
しかも、直接”良いこと”を認めてあげることで人間関係も良くなるというおまけ付きです。


 

それに対して、「悔しい!」とか「もっと勉強しておけば良かった」という、
自身の向上/改善に直接つながる感情は、

テストの×以外で子どもに感じさせるとしたら、どんなパターンが考えられるでしょうか。


本人に直接「もっと勉強した方が良いよ。」とか「今のままじゃまずいぞ」とか「勉強の仕方、考えたら?」と言いますか?

それでその子は実感をもって「そやな。やらんなん!」と思うでしょうか?

私はそれは無理だと思います。

さらに、その子との関係性が悪化するというリスクもあります。
 

 


私は「人が成長する」上では、

「できなかったことができるようになること」も大事だと思っています。
そのため、成長するには「今の自分のできていないこと」をしっかり認識する必要があると考えます。



そこで登場するのがテストです。

というのも、テストの最大の価値は

「一人一人に対して『今の自分が何ができないのか。何が足りないのか。』ということを具体例を通してはっきりさせることができる点」だと思っています。

更に言うならば、この点は、テストでしかできないこと(もしくは一番効率よく達成できること)だと思っています。

 





 

だからこそ、テストに〇をたくさんつけて、×を埋もれさせてしまうと、
この価値が十分に活かせなくなる(かすんでしまう)のでは?と感じているので、
テストには〇をつけないという選択肢を選んでいます。

 

 



 

また、以前の記事の書きぶりが「時短」がメインのように感じる書きぶりだったのかもしれませんが、

それは、このフォレスタネットの「11月大会の働き方」にエントリーするために、そちらを先に書いて、子どもたちへの効果を後に書くという書きぶりをしただけであって、当然、私の実践や学級経営上の工夫は「子どもたちの成長」がメインです。

それは、ここのページを見ていただけたら分かっていただけると思います。


 

 




色々賛否両論あるかと思いますが、
色々コメントを下さることで、私自身も再考することができるので、
色々コメントを頂けたらなと思います。

また、よろしくお願いします。