1.

・徳川家康の没後も徳川一族の天下が続いたことを紹介

<どうして徳川家康の後も徳川一族の天下が続いたのかな?>

・予想

  圧倒的な資金があったのでは?

  家康が一国一城令などを出して他の大名の力がなくなっていたのでは?

・検証

  家康が亡くなる前に子孫に地位を継承し、「これからは徳川一族」で幕府を運営していくということを示すことができたから。

・徳川一族の天下が250年以上も続いたという事実を紹介

≪どうして江戸幕府は250年以上も続くことができたのかな?≫

  他の大名の管理が上手だったのでは?

  お金をたくさん集めるシステムがあったのでは?

  外国や宗教とのかかわり方が上手だったのでは?

・まとめ

家康が亡くなる前に子孫に地位を継承し、「これからは徳川一族」で幕府を運営していくということを示すことで戦国時代の終焉を迎えたんだ。でも、250年以上幕府を維持したのはすごい。大名庶民外国や宗教を統制するために徳川一族はどんな政策をしたのだろう?

→まずは庶民の支配について学習して、その後、外国や宗教大名の支配について学習していこう。

 

 

 

2.

・「庶民」と言っても色々居る。どんな職業の庶民が多かったと思う?

  農民

[人口の割合]を提示して、どれだけ農民が多かったのかを確かめる
人口の割合

[百姓に対する御触書]を提示
百姓に対する御触書
  米を食べさせないようにしたんだな。

  これはきつすぎる…守りたくないな…

   →でも、当時の農民はそれを守ることにした。

<なぜ農民は幕府の言うことを聞いたのだろう?>

・予想

  逆らったら罰があったのでは?

  武器がないから諦めていたのでは?

・検証

  五人組を作り、連帯責任の仕組みを作った

●五人組というのはチームを組むということ。圧倒的に人数が多い農民が一致団結すれば、この困窮した状況から抜け出せたのでは?
幕府を支えた身分制度



武士に特権(切捨御免)を与えられていたこと、秀吉の「刀狩り」によって武器をもっていなかったこと、連帯責任をとらされるということなどから、反抗したくても反抗できなかったんだな。

・まとめ

連帯責任のシステムや武士に特権を与えて、農民が反抗できない状況を作り上げることで、幕府の命令に従わせていたのだな。

 



 

3.

[キリスト教の信者の数の推移]を提示
キリスト教の信者の数の推移

・ここまで増えたことは幕府にとって都合良い?悪い?

・実際、キリスト教をあらかじめ禁止していたのだが、島原天草の一揆が起こったことを紹介
天草四郎

・その後、幕府はキリスト教徒の人数を急激に激減させることに成功した事実を紹介

<江戸幕府はどのようにキリスト教徒の人数を減らしていったのか?>

・予想

「キリスト教徒を見つけて殺す」

・検証

踏み絵でキリスト教徒を見つけ出して処刑
踏み絵

貿易国をキリスト教に関係のない国に限定=鎖国
出島2

●貿易相手国をキリスト教に関係のない国に限定することはキリスト教の人数を減らすことはどうつながっているの?

⇒これから増えないようにするため。

・まとめ

踏み絵をして信者を見つけ出して取り締まり、現在のキリスト教徒を減らし、鎖国をして外国人との接触を限定することで新たなキリスト教徒が増えることを防ぎ、キリスト教徒を減らすことができた。

 

 

4.

既習(単元:3人の武将)のふりかえり

・家康はどんな人を江戸幕府の重要な役割に当てた?

  古くからの家来=親藩

  関ヶ原の戦い以前の家来=譜代大名

  関ヶ原の戦い以降の家来=外様大名

・家康は大名の配置換えをした。

<家康は大名をどのように配置したのかな?>

・予想(地図を班ごとに配布)

[大名配置図(1664)]から大名配置の工夫をよみとる。
大名の配置(1664) - コピー

親藩や譜代大名を幕府(江戸)や朝廷(京都)に近いところに配置して、外様大名は江戸から遠く離れたところに配置している

・その意図を考える

外様が裏切った時に江戸や京都を守りやすいように近くに親藩などを置いている

●長崎や伊勢半島、日光、大阪などを幕府が直接支配しているのはなぜ?

  外様の監視では!?

  何かあるのでは!?

・検証
検証用資料

   長崎:貿易の拠点

   日光:家康の日光東照宮がある

   大阪:鉄砲の生産地      など

・まとめ

幕府や朝廷だけでなく、幕府にとって重要な都市の近くには信頼できる大名を配置し、まだ関係の浅い大名は遠くに配置した。それは、反乱を防いだり、幕府の安定を図る目的があった。

 

 

5.

[武家諸法度]を紹介
武家諸法度(武士を取り締まる法律)

[参勤交代]の絵を見せて、気づいたことを交流する
参勤交代

   たくさんの人がいる

   かごがあるから偉い人もいる   など

・参勤交代にかかる日数・距離を紹介

(加賀藩 片道467km13日間。平均36km/日)

・家光が「参勤交代」を制度化したことを紹介
徳川家光

●自分が大名なら、参勤交代を毎年行いますか?

・当時の大名は全員毎年行ったことを紹介(256名/256名)

<たくさんの労力がかかるのに、すべての大名が参勤交代を行ったのはなぜかな?>

・予想

5人組などの連帯責任の制度を導入したのでは?

→でも、大名同士がチームを作ったら危なくない?

→武家諸法度で禁止されてたよ?

言うことを聞かないと罰があったのではないかな

ご褒美があったのではないかな

・検証

妻子が人質に取られているから、従わざるを得なかった。

従わなかった時は取り壊しなどの処罰があった。

●幕府が全大名に参勤交代させたことと、250年以上も続いたこととどうつながるの?

お金を使わせたことで弱くなったのでは?

人質にとられていたら、裏切れないもんね。

・再検証([参勤交代を制度化したことによる影響]を提示・配布)

やっぱり、財力を低下させたことが原因だね。

人質も効果があったみたいだね。
加賀藩が参勤交代で使ったお金

・まとめ

金銭的にも精神的にも追い込まれて、大名が幕府に歯向かえない状況を作られていたから。そして、そのことが幕府の安定につながっていったんだな。

 

 

6.

<どうして江戸幕府は250年以上も続くことができたのかな?>

・まとめる

各地の大名が反抗できないように金銭的・精神的な自由を奪う仕組みや、農民からも時間的にも金銭的にも自由を奪うことで政治を安定させようとしたことが功を奏した。

●これだけ徹底したシステムを作り上げた江戸幕府。250年以上も続いたとは言え、でも、永遠に続くことはなかった。なぜかな?(江戸幕府の問題点)

人々の自由を奪いすぎて不満が爆発したのではないかな?